メーカー新入社員にとって、定番となっているのが工場研修。導入している企業はかなり多いのではないでしょうか。
研究職から営業まで数日、長いと数ヶ月工場勤務を体験して、ものづくりの流れを理解しようという研修です。
この工場研修の意義についてはしばしば議論されます。
『重要な研修である』という意見と『工場研修なんて意味ない!本職に専念させろ!』という意見…
先日も、あるツイートが議論を呼びました。
元ツイートは削除済みですが、要約すると『有名国立大の優秀な修士卒の知り合いが研究職入社したんだけど、いきなり3カ月間工場研修させられてほんとクソ』とのこと…
気持ちはわからなくもないですが、賛否両論の炎上状態に…
私もメーカー技術職として思うところがあるため、今回は『工場研修の是非』について実例とともに解説していこうと思います。
”研究職が工場研修”に対する賛成派と反対派の意見
”新入社員(研究職)が工場研修すること”について、こんな意見が見られました。
【工場研修 賛成寄りの意見】
- 高学歴修士卒が工場研修なんてしたくないと言うなら、アカデミックに篭ってれば良いのに。
- 研究開発職がそんなに偉いのか。現場と人脈ができるだけでも価値がある。現場に無理を言わなきゃいけないこともあるんだから。
- 工場を下に見る人はメーカーに来ないでほしい。素晴らしい発明をしても、それを作るのは工場だってわからないのかな。
【工場研修 反対寄りの意見】
- 研究開発のモチベーションが高い時期に、数ヶ月もやりたいこととかけ離れたことに従事させるのはもったいない…
- ナイーブな問題だが、エリートに嫌がらせしたいだけのライン工は必ずいる。そういう環境は良くない。
- プライドだけ高い院卒もかなり多いらしい。研究職だけど、工場研修で現場の人と普通に会話しただけで良い奴扱いされた。
いずれの意見も理解できます。
私も新卒では食品メーカーで研究職として入社した人間の1人です。
もちろん最初は工場研修。1ヶ月間、現場の人と一緒に作業させてもらいました。毎日筋肉痛でしたね…
ただ、この1ヶ月の工場研修は、その後の業務やキャリアパスに大きく役立ちました。
その反面、正直ツラかったことや『これ意味あるのか…?』と感じたこともありました。
個人的に工場研修は”賛成派”のスタンスですが、それはあくまで企業側がしっかりと工場研修をマネジメントできている前提。
ただ工場に放り込みました!というだけでは、得られるものはわずか。
むしろ、新入社員や現場のモチベーションを下げるだけになります。
ここからは工場研修のメリットを最大化するためのマインドセットについて解説します。
工場研修の意義とメリット
ものづくりの現実を知る|”人脈作り”だけじゃない工場研修
『工場との人脈づくり』
これを工場研修の意義とする人もいますが、数週間、数ヶ月の工場研修で得られることが”人脈”だけだったらあまりに物足りない。
もちろん、研究職も営業職も、工場との人脈自体は大きなメリットになります。
ただ、それよりも重要なのは、ものづくりの現実を…
もっといえば『自社でできること・できないことを知る』のが工場研修の本質だと感じます。
工場は時間当たりの生産性が利益に直結します。よって、他のどんな職場よりも効率を重視しています。作業は0.1sレベルで分解され、自分たちの保有するリソースで最も短時間に、高い歩留まりで生産できるかを考え抜いた結果がラインに表れています。
そんなラインを見たり、時にはラインの一部になるのが工場研修ですね。効率を重視する工場では、モノやラインの配置にいちいち理由があります。それらの理由を考えたり、自分の中でより効率的な工程を考える(そして提案してみる)、ということを意識してみると、学ぶところが多いかと思います。
良い製品を開発したり、大口顧客との契約を勝ち取っても、商品が作れなければ意味がありません。
しかし、部署間のコミュニケーションや相互理解不足を解消できれば、メーカー内部で起こりうるトラブルのほとんどは解決できるのです。
メーカーでありがちなコミュニケーショントラブル
製造業でのトラブルはクレームや改善要望などの対外的なもの、機械の故障などの社内的なものに分かれます。
社内トラブルには、部署間のコミュニケーション不足によるものも多いです。
マネジメントがしっかりしていない企業では、特に営業職、研究開発職、工場はトライアングルのように対立しています。
具体例を挙げると…
製造キャパシティ以上の契約を取ってきてしまう。
リードタイムを無視した早期対応を顧客と約束してしまう。
→作業員の労働環境悪化、顧客関係悪化(欠品発生)など。
工場の生産ラインでは不可能な商品設計をしてしまう。
ラボスケールで出来たことが、工場スケールで再現できない。
→納期の逸脱、商品の品質低下など。
メーカー勤務している人なら思い当たる節があるのではないでしょうか?
これらをまとめ上げるため、さらにマーケ(商品企画)や品質保証、プラントエンジニアなどがアイデアを出し合って、ものづくりは初めて完結します。
『広い視野を身につける』の本質
営業はできるだけ売りたいし、研究開発はできるだけ良いものを開発したい…
もちろん工場もできるだけモノを作りたいわけですが、設備や製造のリードタイム、工数を無視した要求は受けられません。
それぞれの部署だけの最適(部分最適)を求めてしまうと、どうしても組織は極端に動いてしまいます。
しかし大切なのは、企画から製造、販売までがベストな状態で完結すること…すなわち『全体最適』と言う考え方です。
工場研修だけではなく、営業研修など、自分の部署以外で研修を受ける価値は、この全体最適というマインドを身につけられるかどうかで決まります。
研究であれば、どういうプロセスで製品が出来上がるのか。自社の工場でできること、新たに必要な設備は何か。
営業であれば、どういうリードタイムで製造されるのか、製造ラインや倉庫のキャパシティはどれくらいか…
この全体最適という考え方こそが『広い視野』の本質でもあります。
このマインドがあるかどうかで、仕事のレベル、メーカー人としてのレベルが変わってきますよ。
工場でしか得られないインプットは何か?を意識しないと、工場研修はただの作業員体験で終わってしまいます。
【実例紹介】ダメな工場研修とは?
工場見学賛成派といっても、ただ工場に新入社員を放り込めば良いとは感じません。
新入社員、そして工場の社員をしっかりケアしつつ、人脈やインプットなど、工場研修のメリットを最大化するようにプログラムされなければ意味はありません。
ここでは、筆者が見た&聞いた工場研修を例に挙げつつ、企業側が注意すべき『悪い工場研修』についてまとめていきます。
ここからは企業の研修担当者にぜひチェックしてもらいたいですね!
新入社員の工場研修は短期間であるべき①|現場を知りすぎるリスク
いきなり矛盾をカマしますが、研究や営業にとって『工場を知りすぎる』ことはリスクにもなります。
全体最適という言葉を出しましたが、それはあくまでも各々のスタンスを崩さない状態の話。
例えば、
開発:良い商品を作る
製造:滞りなく効率的に製造する
営業:商品を売る
品証:安全を担保する
マーケ:刺さる商品を考案、企画する
人事:労働環境を整え、維持する
という役割の中で、相互理解しつつ、相互監視できている状態がベストになります。
私が知っている悪い例を出すと『品質保証の人間を工場で1年間研修させた結果、作業性第一になり、品質への意識が低くなってしまった』ということがありました。
工場の知識をつけるためだったのが、マインドが工場に寄り過ぎてしまい、品質保証担当としてスタンスがブレてしまったのです。
彼が品質保証リーダーとなってしまうと、相互監視のバランスが崩れ、工場の作業効率が上がる代わりに、衛生面、品質面は悪化していくでしょう。
これでは工場研修の意味がありません。
営業研修でも管理業務研修でも良いですが”染まり過ぎない”期間設定が必要です。
新入社員の工場研修は短期間であるべき②|技術から離れすぎるリスク
ある大手メーカーの”技術系職種”に採用された友人がいました。
彼の会社は、院卒はまず全員1年間工場研修となり、その後、研究、生産、開発へと振り分けられるとのこと…
これは少し長すぎますね!
研修というより『まずは全員現場を知れ』という方針です。
この場合は、生産現場を知るメリットよりも『研究者が最新のテクノロジーから1年間離れてしまう』リスクを検証すべきでしょう。
食品や化成品業界は、成熟した装置産業、テクノロジーの革新が起きづらい(=簡単に設備を変えられない)業界ですが…
ITやIoT、自動車業界などは日々新しいテクノロジーが生まれています。
いずれにしても、スペシャリスト育成のスパイスとして工場研修させるなら、長くても1ヶ月程度がベストではないでしょうか。
待遇格差を見せつけられる人たち|工場研修で必要な社員へのケア
『工場の人に給料の話はしないほうが良いぞ。』
工場研修初日、製造リーダーにまず言われたのがこの言葉でした。
中規模〜大手メーカーでは、高卒初任給が16〜18万、大卒が20〜22万、修士卒が22〜25万といったところがアベレージでしょうか。製薬業界などではもう少し高いかも知れません。
この初任給差は、年月とともに開いていくのが現状です。
さらに、工場には期間工やアルバイトなど、さらに待遇が悪い人もいます。
その中にいきなり高給の大学院卒が軽いノリでやってくる…
もちろん初めてなので、作業を手伝わせても遅れてばかり…
しばらくすると帰っていって、数年後は上の立場から現場に口を出してくる。
高い給料とともに…
毎年の工場研修を嫌がるのは学生だけではありません。
待遇格差を見せられつつも、お客様扱いしなければならない現場のストレスは、想像以上に大きいのです。
加えて、現場作業させる場合は、労災などが起こらないようにいつも以上に気を配らないといけません。
新入社員は現場にとって『ただの邪魔者』
工場研修には現場へのストレスを最低限に抑える配慮が必要です。
力仕事だけに従事させないこと
工場の力仕事を体験させるだけで終わる工場研修がとにかく多いです。
良いメーカーでは、工場研修の中でも、営業職や研究職が得意なアウトプットを任せたり、職種によって研修内容をカスタマイズしています。
例えば、営業職の新入社員には製造ラインだけではなく、原料調達から製造、発送まで1連の部署を1日ずつ回らせてサプライチェーンの概念を体感させる企業があります。
研究職には力仕事だけではなく、製造ラインのデータ解析を任せても良いでしょう。工程改善提案などを課題にすれば、かなりレベルの高い工場研修になります。
これは前項の現場ストレスの低減にもつながります。
工場研修の成果を最大化するには、それなりのマネジメントが必要です。
意図のある研修プログラムを組まないといけませんね。
【まとめ】本来、工場研修ほど有意義な研修は存在しない
工場研修には賛成派ですが、研修の組み方が下手なメーカーが目立つのも事実です。
研究職も営業職も、製造現場を知らない人はあるレベルで頭打ちになります。
これは工場の人間にとっても同じで、工場長レベルになると一旦営業部への移動を経験させるメーカーも多いです。現場を知らない営業が使えないのと同じように、顧客を知らない現場もトラブルを生むからです。
本来、工場研修ほど有意義な研修はありません。
ただ、工場の何を知れば本職(営業・研究・開発etc)に役立つのかを理解してから工場研修に行かないと『肉体労働疲れました』で終わってしまいます。
1度しかない工場研修で良いインプットが得られれば、社員のレベルもどんどん上がっていくはず。
新入社員にとっても、現場にとってもプラスになるような工場研修を設計したいですね。それでは。