皆さんの好きなスポーツドリンクは何でしょうか?
スポーツドリンクや水分補給では、アクエリアスとポカリスエットを最初に思い浮かべる人が多いと思います。
Vaam(ヴァーム)やゲータレードなど、お好みのスポドリがあるかもしれませんが、メジャーと言えばこの2つでしょう!
さて、アクエリアスとポカリスエットにはどんな違いがあるでしょう。
スポーツの時にはアクエリアスを…
風邪の時にはポカリスエットを…
こんな話をよく聞きますね。でもその理由は?
今日の記事はアクエリアスとポカリスエットの成分を徹底的に解析します。
食品科学の観点から、両者の違いを数値を用いて解説していきましょう!
アクエリアスとポカリスエットの成分
この章では、手始めにパッケージ情報からアクエリアスとポカリスエットの原材料の配合を逆算していきます。
高校レベルの生物化学の知識が必要なので、この分野が苦手な方は図表だけ見て成分比較の項目に飛んでください。
図表の後に計算根拠を解説しています。
アクエリアスの配合理論値
アクエリアスのパッケージから読み取れる情報と、それを元に逆算した原材料の配合割合が下図です。
配合割合の理論値は、確定値を黒字で、一定範囲で確定できた値を青字で書いています。配合割合は1Lあたりの重量で算出しています。
【計算根拠】
まず、原材料表示で炭水化物に当たるのは果糖ぶどう糖液糖のみなので、47g/Lが確定します。液糖の水分は通常20%程度なので、原料ベースの重さだと59gになります
塩化Na(=食塩)からクエン酸Naまでは確定が不可能ですが…
- アルギニンの重量は250mg/L
- 食品の原材料表示は重量が多い順
この2つの情報より、クエン酸Naは最低でも250mg以上と確定します。この時、クエン酸Naに含まれるNa量は67mgとなります。
(分子量258.06のクエン酸Na 250mgは0.97mmolとなります。添加物のクエン酸Naは三価の塩なので、この三倍のモル数に当たるナトリウム量は67mgとなります。)
パッケージよりNaの総量は400mg/Lですが、Naが含まれる原料は他に塩化Na(食塩)のみなので、この時、400-67=333mgのNaが塩化Naに含まれることとなり、塩化Naの重量は850mgとなります。
以上より、クエン酸Naの最低量は250mg(0.25g)で、塩化Naの最大量は850mg(0.85g)となります。
また、クエン酸Naの最大量は、Na合計400mg/Lを満たしつつ、塩化Naを超えない量となります。同様の手順で導き出すと、クエン酸Naの最大量は600mg(0.60g)で、塩化Naの最低量は610mg(0.61g)となります。
間に挟まれるクエン酸と香料は食塩からクエン酸Naまでの範囲ので0.25〜0.85g/Lとなりますね。
塩化Kと硫酸MgはNaと同様にイオン量から逆算できます。なぜかCa量だけ書いておらず、乳酸Caの量は不明ですが、硫酸Mgからイソロイシンの間となるので、10〜16mgとなります。
酸化防止剤(ビタミンC)と甘味料(スクラロース)も同様です。
イソロイシン、バリン、ロイシンのアミノ酸はパッケージに記載されている通りです。
これで完成!
ポカリスエットの配合理論値
ポカリスエットはミネラルだけでなく、含有イオンの濃度を全てパッケージに記載してあったので確定できた値が多くなりました!下図はポカリスエット(ペットボトル)の配合推定です。
【計算根拠】
アクエリアスと違って炭水化物の選択肢が砂糖と果糖ぶどう糖液糖の2つになりました。
アクエリアスの食塩と同じ考え方で計算すると、まず果汁の濃度が必要ですが…ここでは果汁の最低ラインを10g/Lとしました。この点は後述します。
この場合、果糖ぶどう糖液糖の量は…
- 果汁(10g/L)以上砂糖以下
- 果糖ブドウ糖と砂糖の合計が62g/L(炭水化物の成分表示より)
となります。
食塩(NaCl)、塩化K、乳酸Ca、塩化Mgはアクエリアスと同様の手順でミネラル重量から逆算できますね。
酸味料に関しては、栄養成分表示の”Citrate3-:10mEq/L”という表示から、クエン酸であることがわかります。*1
『無果汁』なのに果汁入り?
ポカリスエットには『無果汁』という表示があります。
にも関わらず、栄養成分表示には”果汁”の文字が…。
これは公正取引委員会とJAS法という2つの制度に則っています。
公取では果汁の添加量が5%以下の場合は無果汁と表示すると定めています。
微量しか果汁を入れていないのに”果汁入り”と表示して天然っぽく見せる誇大広告を防ぐ意図があります。
対して、JAS法では”食品に添加し最終商品に残存するものは全て原材料として表示する”と定めています。
そのため、5%以下で果汁が添加されている場合は、原材料に果汁が含まれていても『無果汁』と表示する必要があるのです。
ポカリスエットの配合推定で最低ラインを10g/L(1%)としたのは、単純に風味を出すための最低添加率を推測しただけです。食品メーカー開発担当の勘です。
成分比較!アクエリアスとポカリスエット
さて、配合を計算できたところで両者を比較します。
まず、ポカリスエットはナトリウム(食塩)やカリウムなど、人間の体に含まれる金属イオンがアクエリアスより多いですね。
対して、アクエリアスはクエン酸に加えて、バリン、ロイシン、イソロイシンといった必須アミノ酸を3種含みます。これらの化合物は人間のエネルギーとなる物質ですね。この点は詳しく後述します!
ポカリスエットにも調味料(アミノ酸)という表示がありますが、これはグルタミン酸Naのみで、旨味調味料として添加されています。大塚製薬に確認済みなので間違いありません。
それでは、これらの成分が人体にどう影響してくるか、以降の章で解説していきます。
アクエリアスとポカリスエットの吸収性
浸透圧とは:アイソトニック飲料とハイポトニック飲料
『浸透圧』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。高校生物で習います。
概念を解説すると長くなるのですが、名前の通り、物質が浸透する圧力を表し、浸透圧は水(溶媒)に溶けている物質の数に比例します。
例えば水だけを通す膜(半透膜)で高浸透圧の液体(溶質濃度が濃い)と低浸透圧の液体(溶質濃度が低い)を隔てた場合、水分は浸透圧が低い方から高い方に移動します。
この現象を利用したのがアイソトニック飲料とハイポトニック飲料です。
アイソトニック飲料は細胞と浸透圧がほぼ同じになるように物質濃度を調整した飲料です。
細胞と浸透圧が同じ場合、消化器への負担が低く、イオンや糖分を一定量含むため、発汗で失われる成分やエネルギー源を効率よく補給できます。
アクエリアスやポカリスエット等のスポーツドリンクはアイソトニック飲料になります。
対して、ハイポトニック飲料は細胞より浸透圧が低い飲料です。記述の通り、水分は浸透圧が低い方から高い方に浸透するので、水分の吸収性が高くなります。
OS-1等の経口補水液、すなわち熱中症対策の飲料がハイポトニック飲料にあたります。これらは糖分を下げた代わりに塩分が高く、発汗で失われた成分の素早い補給に特化しています。
詳しくは、後述のスポーツドリンクの理論浸透圧比較表をご確認ください。
まずはアクエリアスとポカリスエットの浸透圧を配合から計算していきます!
アクエリアスの浸透圧計算
アクエリアスの浸透圧の理論値は下図になります。
計算根拠は図の後に書いてあるので、興味のある方のみご覧下さい。
アクエリアスの理論浸透圧は、296〜306mOsm/Lと算出できました。Osmは浸透圧の単位で、オスモルと読みます。
人間の細胞の浸透圧と同じ生理食塩水の浸透圧が308mOsm/Lなので、ほぼ同じ値ですね!
【計算根拠】
- 浸透圧はそれぞれの物質のオスモル濃度の和とした。
- 最低浸透圧は溶質全体のモル数が最も低い場合:食塩濃度、乳酸Ca〜甘味料濃度が最も低く、クエン酸と香料がクエン酸Naと同じ時となる。
- 最高浸透圧は溶質全体のモル数が最も高い場合:食塩濃度、乳酸Ca〜甘味料濃度が最も低く、クエン酸と香料が食塩と同じ時となる。
- 香料は成分名が不明のため省略。添加率及び一般的な香料の分子量・溶質濃度を考慮した場合、浸透圧に与える影響は極小と考える。
- イオン化した場合、浸透圧が増加するが、便宜上、イオン結合している成分は全て電離し、有機酸の電離はゼロと仮定した。生理食塩水も解離定数は考慮していない。
- ドリンク間の比較ができれば良いためファントホッフの式は用いず、オスモル濃度で算出している。
ポカリスエットの浸透圧計算
ポカリスエットの浸透圧の理論値は下図になります。
ポカリスエットの理論浸透圧は、オスモル濃度換算で251〜300mOsm/Lと算出できました。
一番量が多い糖分の配合割合に幅があるので、浸透圧もそれに引っ張られて幅が広がりましたが、こちらも概ね生理食塩水と同等の浸透圧だとわかりました!
【計算根拠】
- 浸透圧はほぼ糖分に依存する。2つの糖分のうち、分子量が大きい砂糖の割合が多いほど、浸透圧は低くなる。それ以外はアクエリアスと同様の条件で算出している。
スポーツドリンクの理論浸透圧を比較する
さて、実際に計算してみるとアクエリアスとポカリスエットの浸透圧はどちらもほぼ同じで生理食塩水と同等…
すなわち、身体への水分の吸収性にほとんど差はないとわかりました。
この章の最後に、グラフを用いて他の飲料の浸透圧とも比較してみましょう!
他の商品も、アクエリアスとポカリスエットと同様の手順で算出しています。
通常のスポーツドリンクは生理食塩水の浸透圧(=身体の浸透圧)と同じゾーン、すなわちアイソトニック飲料に固まっています。
対して、Vaamウォーターや、図には無いですがOS-1など、水分&塩分の補給を目的とした飲料は低浸透圧のハイポトニック飲料になります。
通常、清涼飲料水で最も多い原材料は糖分なので、浸透圧はほぼ糖分濃度に比例します。そのため、ジュースやコーラなどはかなり高い浸透圧を持ちます。一般的では無いですが、ハイパートニックとも表現しますね。これらの飲料では細胞は浸透圧に逆らって水分を吸収する必要があるので、吸収率は低くなります。
アクエリアスとポカリスエットの代謝
あくまでも理論値ですが『水分の吸収性にほとんど差は無い』という結果が出てしまいました…。
では他に何が違うのか?成分を掘り下げて解説していきます。
アクエリアスとエネルギー代謝
アクエリアスにあって、ポカリスエットに無いもの。
それはアルギニン、イソロイシン、バリン、ロイシンという4種のアミノ酸です。アルギニン以外は人間が合成できない必須アミノ酸ですね。
これらは全て、分解の過程でクエン酸回路というエネルギー合成に必要な代謝経路に組み込まれます。
細胞は『解糖系→クエン酸回路→電子伝達系』という代謝経路で活動に必要なエネルギーを得ており、クエン酸回路はその中核を担っています。
『アクエリアスがスポーツに良い』理由は、エネルギー代謝の中間物質であるアミノ酸を含むという点で、ポカリスエットより優れているためと言えますね。
ポカリスエットとイオン補給
ポカリスエットはアクエリアスよりも、塩分、金属イオンを多く含みます。
ナトリウム(Na)を中心に、カリウム(K)やマグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)は汗によって失われる成分です。
『水中毒』という言葉があるように、これらのイオンを取らずに水だけ飲むと、体液は薄まり、頭痛や嘔吐、ひどい場合は死に至ることもあります。
熱中症や風邪(高熱時)は汗を大量にかくので、そのような時の水分と塩分補給にはアクエリアスよりもポカリスエットが適しているでしょう。
水分と塩分補給だけなら、ハイポトニック飲料のOS-1など経口補水液が最適ですが、これらより糖分を多く含むポカリスエットはエネルギー源の補給も担うことができます。
経口補水液とアクエリアスの中間に位置するユーティリティプレイヤーがポカリスエットです。
おわりに
アクエリアスとポカリスエットの差を定量的に解説してみました。
まぁ、簡単に言うと健康面にはそこまで差は無いのです。
データ処理を頑張るほどどんどんこの結果に収束していきました。
ポカリもエネルギー補給にはなりますし、アクエリでも塩分は補給できます。
エネルギー回復だけならアミノ酸を多種大量に含むプロテインやVaamを飲めば良いわけで…。
それぞれ最適の飲用シーンはありますが、食品メーカーの中の人視点で言いますと…
『味の好みで決めればいいんじゃない?』
です。笑
食品の健康効果の話になると、何かと極端な話になりがちです。
客観的なデータで、柔軟な選択が出来るようになると良いですね。
この記事のように、高校レベルの生物化学と算数の知識があれば、場合によっては食品成分を丸裸にすることも可能です。
皆さんも是非チャレンジしてみてください。食品の事が色々見えてきますよ。
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*1:Citrateは”クエン酸塩”を表し、10mEq/Lはイオンの電荷数を表します。クエン酸は三価のマイナスイオンなので、モル濃度に直すと3.3mMとなり、この時の重量が0.64g/Lとなります。